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津地方裁判所 昭和51年(行ウ)8号 判決

原告 東尾信次

被告 津税務署長

代理人 岸本隆男 北河登 千草鉄一 太田健治 押田熙 ほか三名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し、昭和四九年七月一七日付でした同四六年以降の所得税の青色申告の承認を取消す処分は、これを取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は原告に対し、昭和四九年七月一七日付をもつて同四六年分以降の所得税の青色申告の承認を取消す旨の通知(以下、本件処分という。)をした。

2  原告は被告に対し、同四九年八月三〇日付で本件処分の取消しを求める異議申立をしたが、被告から同年一一月二八日付をもつて右申立を棄却する決定をされたので、更に同年一二月二七日付をもつて、国税不服審判所長に対して審査請求をしたところ、同所長は同五一年六月三〇日付をもつて右請求を棄却する裁決をした。

3  しかしながら、本件処分は次の理由により違法であるから取消されるべきである。すなわち

(一) 本件処分は、原告が被告係官から所得税法一四八条所定の事業に関する帳簿書類(以下、単に「帳簿書類」という。)の提示を求められたのに、これに応じなかつたことが同条所定の右帳簿書類の備付、記録または保存が大蔵省令で定めるところによつて行なわれていないことになるから同法一五〇条一項一号に該当するとしてなされた。

(二) しかし、原告は、昭和四八年一〇月二三日、同年一一月一六日ころ、同月二八日、同四九年六月一四日の計四回にわたり、右帳簿書類の提示を求めた被告係官に対し、同四五ないし四七年度の金銭出納簿、総勘定元帳の各帳簿書類を提示(同四八年一〇月二三日の場合は、帳簿類のどこを調査したいのか明らかにして欲しい旨を告げ、帳簿をパラパラとめくつて見せているし、同年一一月一八日の場合は、帳簿類を机の上に積み上げて提示している。また右帳簿の種類は、表題が各表紙に太文字で書かれており明らかである。)した。なお、原告は、同四八年一〇月五日にも被告係官から帳簿書類の提示を求められたが、このときは、帳簿書類は存在しているが、津民主商工会事務所に預けてある旨、同係官に告げた。

(三) 仮に被告係官の右提示要求に対する原告の右の措置が右帳簿書類の提示に該らないとしても、そのことを理由に被告が所得税法一五〇条一項一号に該当するとして青色申告の承認を取消すには、右提示の要求に際し、原告に対し同法一四八条所定の帳簿書類の備付け等の確認をする旨告知したうえ、同帳簿書類の提示を求めなければならないところ、被告係官は右提示要求に際し、何ら告知しなかつた(しかも、同係官は、その際原告が右帳簿書類らしいものを所持していることを知つていた。)のであるから、右提示がないことから直ちに右同条違反とはなしえない。

(四) 右各提示要求は、同法二三四条による質問検査権に基づくものと解されるところ、同条にいう検査はこれを拒んでも、同法二四二条八号に規定する罰則の適用は格別、同法一五〇条各号の青色申告承認取消し事由とはならない。

(五) 被告係官は、前記(二)の提示要求に際し、同四八年一一月一六日ころ、原告の同年度分の所得について確定申告前であるのにもかかわらず、事前調査をした違法があり、かつ帳簿書類の提示を求めるに際し、帳簿の具体的な個所を指摘し、具体的な調査理由を明らかにしなかつた違法(同法二三四条、国税通則法一六条の自主申告制違反)があるから、かかる違法な質問検査権に基づく帳簿書類の提示要求には応じなくてよいものであるから、帳簿書類を提示しなかつたとしても青色申告承認取消し事由とはならない。

二  請求原因に対する認否

請求原因1及び2の各事実は認める。同3(一)の事実は認め、同(二)ないし(四)の各事実のうち、被告係官が昭和四八年一〇月五日、同月二三日、同年一一月一六日、同二八日、同四九年六月一四日に原告宅に右帳簿書類の調査に行つたこと並びに同四八年一〇月五日の右調査の際、原告が被告係官に対し、帳簿は現在手許にないと告げたことは認め、その余は否認する。

三  被告の主張

1  原告は、昭和四六ないし四八年当時、津市柳山千鳥町一六二〇番地の一において、「ちどりや」の屋号をもつて米穀及びプロパンガス販売業を営んでいた。

2  原告は被告に対し、同四五ないし四八年度分の各所得税についての確定申告書を、いずれも期限内に青色申告書により提出した。

3  被告は、原告提出の同四五ないし四七年度分の右確定申告書を調査したところ、取引状況からみると右各年分の売上げ金額が過少であり、また原告と同規模の同業者と比較しても申告所得が過少である疑いがあつたので、右各年度の所得金額が正当か否かを確認する必要があつた。

4  被告は調査担当係官に対し、原告の右所得金額が正当か否かの調査を行なわせた。その経過は次のとおりである。

(一) 被告係官は、同四八年一〇月五日、原告方に臨店し、原告の同四五ないし四七年度の売上げ金額が取引状況からみて過少であり、所得金額も同規模の同業者と比較して過少であると思われるから確認に来た旨の調査理由を告知したうえ、右各年分の各申告所得額計算の根拠となつた営業に関する帳簿書類の提示を求めたが、原告は右帳簿書類等が現在手許にないことを理由に、提示しなかつたため、再度調査のための臨店日を同月一二日と約して退所した。

(二) その後、再度調査のための原告方臨店は、原告の都合で数回延期された。

(三) 被告係官は、同四八年一〇月二三日、原告方に臨店し、右帳簿書類等の提示を求めたところ、原告は帳簿書類等は手許にあるが、係官が告知した前記(一)の調査理由では納得できない旨主張し、具体的調査理由の開示を要求して、帳簿書類の提示を拒んだため、係官は原告に対し、仮にたとえ帳簿書類等があつたとしても、これを係官に提出せず、調査にも応じなければ、帳簿書類等が存在しないのと同じであるから、被告としては青色申告承認取消しの処分をせざるをえない旨告知するなどして協力方を要請したが、原告は右主張をくり返して帳簿書類の提示を拒み、結局「帳簿書類はここにある。」といつて、それらしきものを振り上げてみせただけであつた。

(四) 被告係官は、その後、同月二四日、同年一一月一二日、同月一四日の三回、原告方に臨店したが、原告に面接できなかつた。

(五) 被告係官は、右同月一六日、原告方に臨店して同人に対し、調査に応じるよう説得したが、原告は帳簿書類等が津民主商工会事務所にあつて、自宅にないことを理由に提示しなかつた。

(六) 被告係官は同四九年二月一八日、同月二〇日、同年六月一三日の三回原告方に臨店したが、面接できなかつた。

(七) 被告係官は、右同年六月一四日、原告方に臨店し、同四七年分以前の所得税に関する帳簿書類等の提示方を求めると共に、同四八年分の原告の確定申告内容を検討したところ、同四七年度分以前のものと同じ理由で申告所得が過少の疑いが認められるから同四八年分についても帳簿書類等を提示して調査に協力するよう要請したが、いずれも提示はなかつた。そこで、係官は原告に対し、同四七年分以前のものについては事務処理上の関係で、同四九年六月一七日午前九時三〇分ころまでに最終的決断をして、係官まで連絡するよう求めたところ、原告はよく考えて返事する旨答えたが、結局同月一四日は何ら帳簿書類の提示はなかつた。

(八) 同年六月一七日、原告から依頼されたと称する者から被告係官に対し、調査理由を具体的にいえば帳簿書類等を提示しないわけではない旨電話連絡があつた。係官はこれに対し、調査理由は従前告知のとおりであると告げ、その調査理由では調査に協力しないことが原告の意思かと確認したところ、相手は原告の意思であり、具体的調査理由が開示されない限り、従来どおり帳簿書類等は提示しないと答えた。

5  以上のような次第で、被告は、原告が正当な理由なく帳簿書類を提示しなかつたのは、所得税法一四八条に規定する青色申告者の帳簿書類の備付け等が行なわれていないことになるから、同法一五〇条一項一号に該当するとして、同四六年以降の青色申告の承認を取消し、同四九年七月一七日付をもつて原告に通知した。

その後の経過は、請求原因2記載のとおりである。

6  右のとおり、被告は原告の前記各年度分の所得税の調査のため、計五回にわたり係官をして原告方に臨店させ、原告に対し、同人の事業に関する帳簿書類の提示を求めたにもかかわらず、原告は正当な理由なく提示をしなかつたのであるから、このことは所得税法一四八条の定めるところである青色申告にかかる帳簿書類の備付け、記録または保存が大蔵省令に定めるところにより行なわれていないことに該当する、即ち右にいう帳簿書類の備付け等とは、単にこれらが客観的、物理的に存在すれば足りるというものではなく、制度の目的に徴して、税務職員が必要に応じ、任意にどの帳簿書類のいかなる個所をも閲覧しうる状態におかれていることを意味しているものというべきであり、原告の場合、これに該らないことは明白であるから、同法一五〇条一項一号に基づいて青色申告の承認の取消しをした被告の処分は適法である。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告の主張1及び2の各事実は認める。同3の事実は不知。同4については、本文、(一)ないし(三)、(五)及び(八)の各事実はいずれも認め、(四)及び(六)のうち、被告係官が昭和四八年一一月一二日、同四九年二月二〇日に原告方に臨店したが原告に面接できなかつたことは認めるが、その余は不知、(七)のうち、被告係官が原告に対し、同四八年六月一四日に同四八年分の確定申告の内容を検討したところ、同四七年分以前のものと同じ理由で申告所得が過少である疑いが認められるので、同四八年分についても帳簿書類等を提示して調査に協力するよう要請したという事実は否認し、その余は認める。同5及び6のうち被告が原告に対し、所得税法一五〇条一項一号に該当するとして本件処分をなし、その旨通知をしたこと及びその後の異議申立、審査請求の各経過は認め、その余は争う。

2  被告は、原告が被告係官から帳簿書類の提示を求められた場合には、同係官が帳簿書類の内容を任意に閲覧しうる状態に提示しなければならず、これをしないときは所得税法一四八条の備付け、記録、保存が行なわれていないことになると主張するが、同条は右の意味の提示までを規定していない。

第三証拠 <略>

理由

一  請求原因事実のうち1、2、3(一)の各事実及び被告係官が昭和四八年一〇月五日、同月二三日、同年一一月一六日、同月二八日、同四九年六月一四日に、原告方に帳簿書類の調査に行つたこと、被告主張事実のうち1、2、4本文及び(一)ないし(三)、(五)、(八)の各事実、被告係官が同四八年一一月一二日、同四九年二月二〇日、原告方に臨店したが原告に面接できなかつたこと、被告係官が同年六月一四日、原告方に臨店し、同四七年度分以前の所得税に関係する帳簿書類等の提示を求めたが、原告がこれに応じなかつたところ、同係官は事務処理上の関係もあるので、同年六月一七日午前九時三〇分ころまでに最終的な決断をして係官まで連絡するよう求めたが、原告はよく考えたうえ返事をする旨答え、結局、この日は右帳簿書類の提示がなかつたことはいずれも当事者間に争いがない。

二  <証拠略>並びに前記争いのない事実を総合すると次の事実が認められる。

1  被告は原告提出の昭和四五ないし四七年度の各確定申告書を調査した結果、原告の取引状況、同業者との比較などから申告所得額が過少である疑いがあると判断し、青色申告の基礎となつている帳簿書類に取引が遺漏なく記録されているか、また記録が適確に行なわれているかを調べたうえ、申告所得額が正当か否かを判断するため、前示のような経過で被告係官が原告方に臨店し、その際、被告係官は原告に対し、被告の主張4(一)のごとく調査理由を明らかにしたうえ、所得税調査のため帳簿書類を提示するよう求めた。

2  同四八年一〇月二三日、被告係官が原告方に右調査に行つた際、原告と同席していた津民主商工会事務局長の鈴木三雄が原告の金銭出納簿、元帳などを収納してあるダンボール箱の中から一部帳簿を取り出し、右係官に対しそれらをパラパラとめくつてみせ、また同年一一月二八日には、右鈴木は原告方六畳の間において、被告係官に対し、こたつの上に同四五ないし四七年分の原告の出納簿、元帳を積み上げた。原告が被告係官に対して帳簿書類の存在を示したのは右二回だけであるが、二回とも原告及び右鈴木は、同係官が納得できる調査理由を説明しない限り、これ以上帳簿を見せる訳にはいかないとして、同係官に対して帳簿書類を任意に閲覧しうる状態にして示したことはなかつた。

<証拠略>中、右認定に反する部分は、<証拠略>に照らして採用できない。

三  ところで、青色申告制度は、納税者の正しい記帳慣習の確立を基礎として、それにより合理的な申告納税制度の実現をめざすものであり、そのために納税者に完備した帳簿書類の備付け、記録、保存及びそれに基づく決算を義務づけ、その反面、所得計算上或るいは納税手続上各種の特典が認められているものである。それゆえ、青色申告の承認を受けた者は、右特典を受ける前提として、正しい帳簿書類の備付け、記録、保存をしなければならず、右承認をした税務署長が、必要に応じて承認を受けた者が右の義務を履行しているかを調査できるのは当然である。

そして、税務署長は、所得税の青色申告の承認を受けた者が所得税法一四八条一項所定の義務を履行していない場合は、右承認を取消すことができる(同法一五〇条一項一号)ものとされている。

しかるところ、青色申告の承認を受けている納税義務者に対し、所得税等の調査の際に係官が帳簿書類の提示を求めた場合は、事柄の性質上所得税法一四八条一項所定の帳簿書類の備付け等の調査の点もこれに必然的に随伴するものであることは当然の事理であるから、本件の場合、原告は被告係官から同法条所定の帳簿書類の提示を求められたわけであり、しかも、同四八年一〇月二三日に被告係官が原告に対し、帳簿書類の提出なき限り、それが存在しないのと同じであるから青色申告承認取消し処分の問題を生ずる旨告知している―この事実は当事者間に争いがない―のであつて、右帳簿書類の備付け等の義務についての調査であることが告知されているのと同視しうるのであるから、たとえ被告係官が原告に対し、右義務の履行の有無を確認、調査する旨明示して告知しなかつたとしても、本件の場合、原告においては、被告係官からの右帳簿書類の提示要求に対しては、当然これに応ずべき義務があつたといわなければならない。それゆえ、同法一四八条一項所定の帳簿書類の備付け等について確認、調査するにはその旨告知しなければ右調査は違法であるとの原告の主張は採用できない(このことは右調査を担当した税務係官が、被調査者が帳簿書類らしいものを所持していることを調査時に知つていたとしても異なるものではない。)。

次に、本件において、原告は被告係官の税務調査の際、右帳簿書類を提示したか否かの点について検討すると、右同法一四八条一項所定の備付け等の義務とは、前述のとおり、青色申告の基礎としての適格性を有する帳簿書類を備付け、記録、保存すべきことをいうのであるから、ただ単に帳簿書類が存すればよいというものではないことはもち論であり、これに対する調査がなされた場合、当該職員においてこれを閲覧検討し、帳簿書類が青色申告の基礎としての適格性を有するものか否かを判断しうる状態にしておくことが必要であつて、本件の場合のように、机の上に積み上げたり或るいはパラパラと見せたというだけで、被告係官が任意に閲覧しえない状態においていたような場合は、これをもつて被告に対し右帳簿書類を提示したものということはできない(もとより被告係官に全く示すことなく、原告のいうごとく津民主商工会事務所に預けてあるという場合も同様である。)。

したがつて、原告は被告から右帳簿書類の提示を求められた際、これに応じる義務があつたにもかかわらず、これに応じなかつたものといわなければならず、前述の制度の趣旨に照らしかかる場合もまた所得税法一五〇条一項一号に該当するものと解して差支えない。

もつとも、税務署長は右同法一五〇条一項各号の取消し理由がある場合に、右承認を必ず取消さなければならないものではなく、個々の事情に応じて合理的な裁量によつてこれを決定しうるものと解されるが、本件処分のなされた経緯に照らしてみると、被告が原告に対してなした本件処分については、右裁量権の行使に濫用その他違法があるとはいえない。

四  請求原因3(四)及び(五)の主張について検討すると、所得税法二三四条に基づく質問に対する不答弁並びに検査の拒否、妨害に対して刑罰が科せられていることになつている(同法二四二条八号)からといつて、右検査拒否等が別個の要件のもとに、他の法律要件を生じさせることは何ら妨げられるものではないから、右帳簿書類の備付けの調査を拒んだ者に対し、これが同法一四八条一項、一五〇条一項一号にも該当する場合、これを理由に青色申告の承認を取消すことも妨げられないのである。したがつて、右3(4)の主張は原告独自の見解に依拠するものであり採用の限りではない。

次に本件全証拠によつても、被告が原告に対し、同四八年度の所得について事前調査をした事実は認めることができず、またすでに認定したとおり、原告に対する所得調査(客観的にみてその必要があつたことは<証拠略>によりこれを認めることができる。)に際し、被告係官から調査理由の告知がなされており(原告のいうごとき具体的な理由の告知までは必要ではなく、もとより右調査をもつて違法と目すべき事情はこれを見出すことはできない。しかし申告納税制度のもとにおいて、ことに青色申告者の場合、一般の場合と異なり記帳義務を負つている以上、右制度の延長線上の問題として税務調査に際してはむしろ納税者側においてすすんで所得内容を説明すべき筋合のものであろう。)、したがつて原告の請求原因3(五)の主張もそもそも前提を欠くことになるから採用の限りではない。

五  以上の次第であるから、被告の本件処分には、原告主張の違法はなく、適法というべきである。

よつて、本訴請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 上野精 川原誠 秋武憲一)

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